空を諦めた日
航空大学校を卒業した1974年、石油ショックの余波で航空業界への就職口が突然消えた。教官には「3年待て、景気は必ず戻る」と言われた。しかし、来年も再来年も卒業生は出てくる。既卒の自分に順番が回ってくるとは、どうしても思えなかった。
空を諦めて、SONYの子会社に就職した。カセットテープやビデオテープを売る日々。仕事は悪くなかった。でも、窓の外を飛行機が通るたびに、目で追っていた。
2年半後、会社を辞めた。
月2回のセッションを軸に6ヶ月間。
あなたの中から出てくるものを、一緒に見ていきます。
自分の方向を見つける過程に、私は同行します。
気づいた後、どう学んで動くか。そこが大切です。
toiee Labの膨大な音声セミナーの中から、
あなたに合ったものを選んで渡します。
日々の小さな積み重ねを、一緒に応援していきます。
形式:オンライン、または渋谷の事務所で対面
2〜3回やってみて、続けたいと思ったら契約。
そういう入口にしています。
航空大学校を卒業した1974年、石油ショックの余波で航空業界への就職口が突然消えた。教官には「3年待て、景気は必ず戻る」と言われた。しかし、来年も再来年も卒業生は出てくる。既卒の自分に順番が回ってくるとは、どうしても思えなかった。
空を諦めて、SONYの子会社に就職した。カセットテープやビデオテープを売る日々。仕事は悪くなかった。でも、窓の外を飛行機が通るたびに、目で追っていた。
2年半後、会社を辞めた。
ヘリコプターの免許を取り、東亜国内航空のヘリコプター事業部に入った。フジテレビと産経新聞の取材機を担当し、123便の墜落事故、火山の噴火現場へ飛んだ。
地上からの指示を待つ余裕はない。煙の向き、風の変化、燃料の残量。全部自分で判断して、自分でリスクを負う。その緊張感が、むしろ自分に合っていた。
この経験が、私に一つの確信を植え付けた。「自分で判断できれば、なんとかなる」という確信を。
路線部門に移り、機長になった。しかし、昇格して一年目の審査で大失敗した。
追加訓練が始まった。教官の言う通りにやろうと思った。指摘された通りに直した。しかし、不思議なことに、やればやるほど操縦が乱れていった。かつてヘリで培った感覚が、どこかに消えていった。
ある訓練の帰り、更衣室で一人座っていた。「機長をおろしてもらおう」と本気で思った。
しかし、ふと思った。このまま人の言う通りにやってダメになるのは、癪だ。
次の日から、人の言うことを聞くのをやめた。
航空法を最初のページから読み直した。設定基準、全ての規定。一つひとつ読みながら、自分の操作との関係を書き出した。「なぜこのルールがあるのか」「自分はなぜそう動いていたのか」。根拠のない操作を、一つずつ根拠のある判断に置き換えていった。
半年後、教官から「変わった」と言われた。復帰した。
「人の言うことをそのまま聞いても、うまくいかない」。今の私の原点は、あの更衣室にあります。
JALが破綻し、早期退職を決めた。ラストフライトの日程も決まっていた。
しかし、その10日前に下垂体腫瘍が見つかった。即日フライト停止。最後の飛行ができないまま、制服を返した。
30年以上、スケジュールの中で生きてきた。「JALの小野さん」として生きてきた。
その肩書きが消えた日、自分が何者かわからなくなった。
退職後、片っ端から学んだ。マインドマップ、読書術、コーチング、記憶術、催眠療法、フェルデンクライス系のインストラクター資格。資格の数だけ自信がつくと思っていた。
しかし、何も変わらなかった。
飛行機があり、お客がいて、チームがいて初めて操縦士は生きる。資格は、それだけでは何も生まない。航空免許も同じだった。
人と関わる中で、小さな変化を感じながら生きること。何ができるかでも、何者かでもなく。それに気づくまで、ずいぶん時間がかかりました。
還暦を超えてから、ITは全くの素人でした。
それから、Webサイトの制作を学び、何社かのサイトを作りました。ドローンを飛ばし、映像を撮り、編集もしています。予算管理アプリ、マリンスポーツ用の波と風のアプリも開発しました。
できなかったことが、できるようになる。その過程を、今も生きています。
だから、一緒に走れると思っています。
訓練がうまくいかない、日々のフライトで悩んでいる。そういうパイロットたちと向き合ってきました。セミナーと個別相談を通じて、延べ1,500人。
悩んでいる人の多くは、真面目で、努力家でした。
航空大学校の後輩、吉田全が、メンタルサポートに相談に来た。
機長昇格審査に2回失敗し、もう昇格の道はないと告げられた後だった。通常、2回失敗すると昇格訓練は中止になる。
彼が何を話したか、詳しくは書きません。ただ、その表情は今でも覚えています。
吉田はその後、セミナーを全部受けた。受けるだけでなく、自分で実践した。少しずつ、自分の判断の根拠を作っていった。
数ヶ月後、教官から「吉田が変わった」という声が上がり始めた。昇格訓練への投入が決まった。そして、合格した。
私が何かを教えたわけではありません。彼が自分で動いた結果です。
大手不動産管理会社で、読書術とマインドマップのセミナーを担当したことがあった。
セミナーが終わって1ヶ月後、担当者から連絡が来た。「社員たちが自分たちで朝の読書会を始めました」。
強制したわけでも、宿題を出したわけでもなかった。ただ、本の読み方と、学ぶことの面白さを話しただけだった。
人は、スイッチが入ると自分で動く。それを見るのが、私の喜びです。
このサイトで話せることには限りがあります。
私がどう考え、どう失敗し、どう学んできたか。
具体的なエピソードはブログに書いています。
セッションに興味が出た方は、まず読んでみてください。
一つだけ聞かせてください。
今の状況を、自分のこととして向き合えますか。
うまくいかない原因を外に探すのではなく、
自分の中に向き合える人と、一緒に歩きたいと思っています。
そういう方であれば、まず話してみませんか。
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